事業を分けると価値が見える日本株10選 SOTP分析で複合企業を比較
SOTP分析の対象として特に注目したいのは、事業ごとの利益、資産、上場子会社などを比較しやすい企業です。 単純な連結PERだけでは、成長事業と成熟事業、現金、負債の価値が一つに混ざってしまいます。
この記事では、2026年8月22日までに公表された決算・IR資料を基準に、複数事業を持つ日本企業10社を比較します。星評価は「SOTPで価値を検討しやすいか」を中心にした学習用の評価であり、売買推奨ではありません。
投資判断は自己責任で行ってください。本記事は将来の運用成果を保証するものではありません。株価、PER、PBR、配当利回り、出来高は日々変動するため、実際の売買前に最新値と適時開示を確認してください。
この記事で分かることは次の4点です。
- SOTP分析の基本的な計算方法
- 複合企業を連結PERだけで比べる危うさ
- SOTPを適用しやすい日本株10社の違い
- 短期・中期・長期で異なる監視条件
SOTP分析では「各事業の価値」と「本社・負債」を分ける
SOTPは、企業を事業単位に分解し、それぞれに適した評価倍率を当てる方法です。 Sum of the Parts、つまり「部分の合計」を意味します。
基本形は次のとおりです。
株主価値 = 各事業の価値の合計 + 非事業資産 − 純有利子負債 − 本社費用などの調整額
たとえば、同じ会社の中に次の3事業があるとします。
- 安定して現金を稼ぐ通信事業
- 高成長だが投資負担も重いデジタル事業
- 市況によって利益が大きく動く資源事業
これらに同じPERを当てると、成長率や利益の安定性の違いが消えてしまいます。通信にはEV/EBITDAや配当利回り、デジタル事業にはPERや売上倍率、資源事業には平準化利益や保有資産価値を使うなど、評価軸を変えるのがSOTPの要点です。
1株価値への直し方
計算は次の順序で進めます。
- 決算資料から事業別の売上高、利益、資産を抜き出す
- 同業の上場企業を比較対象にする
- 各事業へPER、EV/EBITDA、PBRなどを当てる
- 上場株式、余剰現金、不動産などを加える
- 有利子負債、年金債務、本社費用を差し引く
- 希薄化後株式数で割って1株価値を求める
ここがポイント: SOTPの目的は「高い理論株価を作ること」ではありません。今の株価が、どの事業にどれほどの価値を織り込んでいるかを逆算することです。
SOTPで検討したい日本株10社の比較一覧
最初に見るべき差は、価値を分けやすい資産があるか、分けた価値が株主へ還元される道筋があるかです。
| 銘柄 | 評価 | 主な分解軸 | 向く期間 | 監視したい購入条件 | 見直し・売却条件 |
|---|---|---|---|---|---|
| ソニーグループ 6758 | ★★★★☆ | ゲーム、音楽、映画、半導体 | 中長期 | 各事業の利益成長に対して連結評価が低下 | 主力コンテンツとセンサーが同時失速 |
| 日立製作所 6501 | ★★★★☆ | デジタル、エネルギー、モビリティ、産業 | 中長期 | 利益率改善を維持したまま評価倍率が調整 | 受注残の利益化遅延や採算悪化 |
| 三菱商事 8058 | ★★★★★ | 資源、電力、食品、都市開発、モビリティ | 中長期 | 平準化利益と保有資産価値から割安幅が拡大 | 資源安と非資源利益悪化が重なる |
| パナソニックHD 6752 | ★★★☆☆ | 電池、空調、家電、FA、電子部品 | 中期 | 構造改革費用を除く収益力が改善 | 電池投資の回収遅延や追加再編費用 |
| 楽天グループ 4755 | ★★★☆☆ | EC、カード、銀行、証券、モバイル | 中長期 | モバイルの資金流出縮小を確認 | 資金調達負担が再拡大 |
| セブン&アイHD 3382 | ★★★★☆ | 国内CVS、海外CVS、金融・周辺事業 | 中期 | 再編後の利益と還元計画が具体化 | 北米採算悪化や再編効果の未達 |
| オリックス 8591 | ★★★★☆ | 金融、不動産、環境、投資、海外事業 | 長期 | 調整後利益とNAVに対する割引が拡大 | 投資損失と信用費用が同時増加 |
| ソフトバンク 9434 | ★★★☆☆ | 通信、LINEヤフー、金融、法人・AI | 中長期 | 配当余力を保ち成長事業の利益が拡大 | 配当原資の減少や投資負担の急増 |
| 富士フイルムHD 4901 | ★★★★☆ | ヘルスケア、電子材料、オフィス、映像 | 長期 | 成長事業の利益拡大に対して全社倍率が調整 | バイオ・半導体材料投資の回収悪化 |
| 丸紅 8002 | ★★★★☆ | 電力、食料、金属、航空、金融・リース | 中長期 | 非資源利益を維持しつつPBRが低下 | 商品市況悪化と大型減損が重なる |
購入・売却条件を固定した株価ではなく、利益や純資産に対する倍率で示したのは、株式分割、決算更新、資源価格、為替によって妥当な価格帯が変わるためです。実際の監視価格は、最新の予想EPS、BPS、純有利子負債を使って計算し直す必要があります。
10社を事業別に読む
10社の違いは、隠れた価値の大きさより、その価値を株主が受け取れる確度に表れます。
1.ソニーグループ(6758)— コンテンツと半導体を別々に評価
SOTP評価:★★★★☆/向くスタイル:中長期
ソニーはゲーム、音楽、映画、イメージセンサーを一つのPERで測りにくい企業です。金融事業のパーシャル・スピンオフ方針により、事業構成を見直す動きもSOTPの重要性を高めました。
- 強気材料:音楽やネットワークサービスなど継続収入型事業の拡大
- 弱気材料:ゲームの作品投入時期、映画のヒット、センサー需要による変動
- 確認指標:分野別営業利益、ゲーム利用者指標、音楽ストリーミング収入、半導体設備投資
- 購入ライン:主力分野の利益見通しが維持され、株価調整でSOTP上の割引が広がる局面
- 売却ライン:ゲーム、音楽、センサーの複数分野で利益見通しが同時に下がる局面
PERだけでなく、コンテンツには同業PER、センサーにはEV/EBITDAを使い分けると実態を捉えやすくなります。
2.日立製作所(6501)— 事業再編後の利益率を評価する
SOTP評価:★★★★☆/向くスタイル:中長期
日立はデジタル、エネルギー、鉄道、産業機器の収益性が異なります。単なる資産の切り売りではなく、Lumadaを軸にしたデジタル収益が各事業の利益率をどこまで引き上げるかが焦点です。
- 強気材料:デジタルサービスと社会インフラの受注基盤
- 弱気材料:大型案件の採算悪化、為替変動、買収後の統合リスク
- 確認指標:Adjusted EBITA率、受注高、受注残、キャッシュ・コンバージョン
- 購入ライン:受注と利益率が維持され、予想利益に対する倍率が過去レンジ下側へ入る局面
- 売却ライン:受注残が増えても利益率やキャッシュフローが悪化する局面
3.三菱商事(8058)— 資源価格だけで評価しない
SOTP評価:★★★★★/向くスタイル:中長期
三菱商事はSOTPの教科書に近い企業です。原料炭や天然ガスだけでなく、食品、電力、都市開発、モビリティなどを分け、上場株式と純有利子負債を調整します。
- 強気材料:幅広いキャッシュ創出源、資産入れ替え、自己株取得を含む還元
- 弱気材料:資源価格、海外投資、事業売却益による利益の振れ
- 確認指標:セグメント利益、基礎営業キャッシュフロー、投資回収額、総還元
- 購入ライン:一時利益を除く平準化利益とNAVの両面で割安になる局面
- 売却ライン:還元余力が低下し、資源・非資源の両方で利益が下方修正される局面
商社では単年度PERが低くても安心できません。商品市況のピーク利益を使うと、見かけ上の割安さが膨らむためです。
4.パナソニック ホールディングス(6752)— 電池と成熟事業を分ける
SOTP評価:★★★☆☆/向くスタイル:中期
電池には成長期待がある一方、家電や電子部品には景気循環と成熟事業の性格があります。SOTPでは電池の将来価値を過大評価せず、補助金、設備投資、稼働率まで確認する必要があります。
- 強気材料:車載電池、空調、サプライチェーン関連事業の成長余地
- 弱気材料:構造改革費用、電池需要の鈍化、設備稼働率の低下
- 確認指標:事業別営業利益、調整後営業利益、設備投資、フリーキャッシュフロー
- 購入ライン:構造改革後の利益改善が数四半期続く局面
- 売却ライン:電池の投資回収時期が後ずれし、成熟事業も減益になる局面
5.楽天グループ(4755)— 金融価値からモバイル負担を引く
SOTP評価:★★★☆☆/向くスタイル:中長期・高リスク許容型
楽天ではEC、カード、銀行、証券の価値と、モバイルの投資負担を切り分けます。金融子会社の利益が伸びても、親会社の負債や資金調達コストを差し引かなければ株主価値にはなりません。
- 強気材料:会員基盤を横断利用するEC・金融の相乗効果
- 弱気材料:モバイルの資金負担、金利上昇、希薄化リスク
- 確認指標:モバイルEBITDA、契約回線、金融各社の利益、社債償還予定
- 購入ライン:モバイルのフリーキャッシュフロー改善が数字で確認できる局面
- 売却ライン:追加調達による希薄化や、モバイル損失の再拡大が起きる局面
6.セブン&アイ・ホールディングス(3382)— 国内と北米の収益性を分ける
SOTP評価:★★★★☆/向くスタイル:中期
国内コンビニ、北米コンビニ、金融・周辺事業では成長率と利益率が違います。再編や自己株取得は割引解消の材料になりますが、北米事業の既存店売上と商品粗利が伴うかを確認する必要があります。
- 強気材料:国内コンビニの高い収益力、事業再編、資本効率改善策
- 弱気材料:北米の消費鈍化、燃料利益の変動、再編実行リスク
- 確認指標:国内・海外営業利益、既存店売上、商品粗利率、還元額
- 購入ライン:再編後の継続利益と株主還元を保守的に置いても割安な局面
- 売却ライン:北米の既存店と粗利率が悪化し、通期予想が再度下がる局面
7.オリックス(8591)— NAVと継続利益を併用する
SOTP評価:★★★★☆/向くスタイル:長期
オリックスは金融、不動産、環境、事業投資、海外事業を持ちます。売却益の多い年度だけでPERを計算せず、継続利益と保有資産のNAVを併用するのが実務的です。
- 強気材料:資産回転、事業売却、自社株取得を含む柔軟な資本配分
- 弱気材料:信用費用、投資先の減損、不動産価格や金利の変動
- 確認指標:セグメント利益、投資回収、ROE、自己株取得の進捗
- 購入ライン:一過性利益を除いたROEが維持され、NAV割引が拡大する局面
- 売却ライン:投資損失と信用費用の増加で継続利益が崩れる局面
8.ソフトバンク(9434)— 通信の安定性と成長投資を切り分ける
SOTP評価:★★★☆☆/向くスタイル:中長期・インカム重視
通信は安定したキャッシュフローを生みますが、LINEヤフー、金融、AI関連投資ではリスクと成長率が異なります。高配当だけで判断せず、配当後に投資資金が残るかを見るべき企業です。
- 強気材料:通信の継続収入、法人DX、金融・デジタル事業の拡大
- 弱気材料:高い配当負担、成長投資の回収遅延、子会社構造の複雑さ
- 確認指標:調整後フリーキャッシュフロー、配当性向、セグメント利益、純有利子負債
- 購入ライン:通信利益と配当余力が維持され、成長事業の赤字が縮小する局面
- 売却ライン:配当維持のために財務余力を継続的に削る局面
9.富士フイルムホールディングス(4901)— 成長事業の価値を成熟事業から分離
SOTP評価:★★★★☆/向くスタイル:長期
ヘルスケア、半導体材料、オフィス、写真関連では評価倍率が大きく異なります。ヘルスケアや電子材料の成長率を独立して評価する一方、研究開発費と設備投資も各事業価値から差し引きます。
- 強気材料:バイオ医薬品製造、医療機器、半導体材料の成長
- 弱気材料:大型投資の回収遅延、半導体市況、為替変動
- 確認指標:事業別利益率、受託製造の受注、設備稼働、研究開発費
- 購入ライン:成長事業の受注・利益が伸びる一方、全社倍率が調整する局面
- 売却ライン:設備稼働率低下と受注鈍化が同時に表れる局面
10.丸紅(8002)— 非資源利益の再現性を測る
SOTP評価:★★★★☆/向くスタイル:中長期
丸紅は電力、食料、金属、航空、金融・リースなどを持ちます。資源価格だけでなく、農業資材、電力、航空関連などの非資源利益が繰り返し稼げるかが評価の中心です。
- 強気材料:非資源事業の厚み、資産入れ替え、株主還元
- 弱気材料:商品価格、海外規制、大型案件の減損
- 確認指標:分野別利益、基礎営業キャッシュフロー、純有利子負債、還元方針
- 購入ライン:保守的な商品価格を使っても利益と配当余力が確保される局面
- 売却ライン:非資源利益まで下方修正され、財務規律が後退する局面
PER・PBR・ROEをSOTPとどう組み合わせるか
連結指標は入口として使い、最終判断は事業別の収益性と資本構成へ進めます。
PERは利益の質をそろえてから比べる
PERは株価を1株利益で割る指標です。ただし、資産売却益や減損が入った利益をそのまま使うと比較を誤ります。
- 商社・オリックス:一過性の売却益を除く
- 楽天:モバイル投資と金融利益を分ける
- ソニー:ゲーム、音楽、半導体の利益変動を分ける
- パナソニック:構造改革費用の有無を確認する
PBRとROEはセットで見る
PBRが低いだけでは割安と断定できません。低ROEが続けば、純資産に低い倍率しか付かないのは合理的です。
SOTPでPBRを使う場合は、各事業のROEまたは投下資本利益率を確認します。ROE改善が自社株取得だけによるものか、営業利益率と資産回転の改善を伴うのかも重要です。
配当は余剰キャッシュから支払えるか
高配当企業では、配当性向だけでなく次を確認します。
- 営業キャッシュフローから設備投資を引いた後に現金が残るか
- 借入金の返済期限が集中していないか
- 配当と自社株取得を同時に続けられるか
- 成長事業への投資を削って配当していないか
投資スタイル別の使い分け
SOTPは中長期向きですが、割引解消のきっかけがある銘柄は短期でも監視できます。
短期向き
短期では、理論価値そのものより評価差を縮めるイベントが必要です。
- 決算での上方修正
- 自己株取得や増配
- 子会社上場、売却、スピンオフ
- 不採算事業の撤退
- Investor Dayでの事業別目標開示
セブン&アイ、楽天、パナソニックのように再編や収益転換が焦点となる銘柄は、発表直後の出来高と窓を伴う値動きを確認します。材料だけで飛び付かず、翌四半期の数字で裏付けられるかが重要です。
中期向き
中期では、2~4四半期にわたる利益率、受注、キャッシュフローの改善を追います。日立、ソニー、商社はこの方法と相性があります。
購入を検討するのは、業績前提が崩れていないのに市場全体の下落で倍率が縮んだ場面です。売却を検討するのは、株価上昇だけが先行し、SOTPで強気な倍率を置かなければ説明できなくなった場面です。
長期向き
長期では、資本配分が価値を決めます。オリックス、富士フイルム、三菱商事では、経営陣が低採算資産を売り、成長投資・配当・自社株取得へ振り向けているかを毎年確認します。
SOTP分析が外れる4つの理由
最大の弱点は、分けて計算できても、その価値を株主が受け取れるとは限らないことです。
コングロマリット・ディスカウントには理由がある
複雑な本社費用、事業間取引、持株会社の税負担、少数株主持分は、各事業の単純合計から差し引く必要があります。上場子会社の時価総額を100%足すのも誤りです。親会社の持分比率と税金を調整します。
同業倍率を高く置きすぎる
成長企業の倍率を成熟事業へ当てれば、理論価値は簡単に膨らみます。比較対象は成長率、利益率、財務レバレッジ、地域構成が近い企業に限定します。
負債と投資負担を見落とす
楽天のモバイル投資、パナソニックや富士フイルムの設備投資、商社の大型案件には将来の資金負担があります。純有利子負債だけでなく、リース債務、年金、投資コミットメントも確認対象です。
価値解放のきっかけがない
割安状態は長期間続くことがあります。次の手段がなければ、SOTP上の割引だけを購入理由にしない方が安全です。
- 事業売却や分離
- 株主還元の拡大
- 事業別KPIの開示改善
- 低採算部門の利益率回復
- ROICを基準にした投資判断
次の決算で見るべきポイント
次回の注目点は、理論価値の再計算よりも、割引解消につながる実行が進んだかです。
- ソニー:コンテンツ収入とイメージセンサー利益の方向
- 日立:受注残が利益とキャッシュへ変わる速度
- 商社2社:資源前提、非資源利益、還元方針
- パナソニック:構造改革と電池投資の回収
- 楽天:モバイルのキャッシュ流出と資金調達
- セブン&アイ:北米採算と事業再編の進捗
- オリックス:投資回収、信用費用、自社株取得
- ソフトバンク:配当余力と成長投資の両立
- 富士フイルム:成長設備の稼働率と受注
SOTPで最初に作るべきなのは、強気な目標株価ではありません。同業倍率を20%下げ、利益予想も10%減らした弱気ケースです。それでも現在の時価総額を上回るなら、初めて割安の可能性を詳しく調べる価値が生まれます。
